クロノグラフの歴史とZENITH El Primero 3019PHC
ゼニスのことについてさらっと触れておくと、パーツやムーブメントのデザイン〜製造まで全てを自社で行うメーカーのことを「マニュファクチュール」と呼びますが、ゼニスはこのマニュファクチュールにあたります。
主にムーブメントの全てを自社で一から作ることができるとマニュファクチュールと言って良いと思います。
最近はマニュファクチュールと名乗るブランドが増えてきていますが、当時のマニュファクチュールと呼べるブランドはLONGINES ロンジン・Jaeger Lecoultre ジャガー・ルクルトやZENITH ゼニスなどあまり多くはありませんでした。
それだけムーブメントはムーブメント、ケースはケースというふうにキッチリと分業制が取り入れられていたということです。
ゼニスと言えば「エル・プリメロ」というワードが浮かぶぐらいゼニスの代名詞になっているこのムーブメント。
1969年に発表され、世界初の自動巻きクロノグラフの1つである「エル・プリメロ」はムーブメントの名前がそのまま製品名となっています。
ちなみに「エル・プリメロ」とはエスペラント語で「第一の」を意味するEl Primeroを意味します。(英語では The First)
このムーブメントはどのような時代背景のもとに生まれたものなのかをご紹介。
クロノグラフの歴史
まずクロノグラフとは何かというと、ストップウォッチ機能を備えた時計のことを指します。クロノグラフが一番初めに発明されたのは1800年代の前半まで遡り、フランス人のLoius Moinetが天体観測用のクロノグラフを発明したと言われています。
Loius Moinet... produced in 1816 the first execution of the chronograph
腕時計用のクロノグラフが初めて登場したのは1913年にLONGINES ロンジンが開発した「Cal.13.33Z」。それまで懐中時計にしかクロノグラフ機能を備えたものは無かったのですが、ロンジンが世界で初めて腕時計用クロノグラフの開発に成功したんです。
引用元 http://www.chronocentric.com/forums/chronotrader/index.cgi?md=read;id=81154
ちなみに、ブライトリングも1915年に腕時計クロノグラフを開発しています。
Breitling first Wrist Chronograph (1915)
これはデュボア・デプラの創業者であるマルセル・デプラとの共同開発でロンジンのCal.13.33Zと同じくクロノグラフ用のプッシュボタンを備えた腕時計でした。
クロノグラフ機構というのは複雑かつ小型化が非常に難しいのですが、そこはさすが1832年から時計を製造しているマニュファクチュールのロンジン。懐中時計のクロノグラフを腕時計用のサイズまで小さくすることに成功しました。
クロノグラフが大きく進化したのは航空機が登場した1900年代の前半頃でパイロットが燃料計算をする際に必要になったこと、特に第一次世界大戦の際に空軍のパイロット向けに必要な機能が開発され(30分計など)これまでは単純なストップウォッチとしての機能だったものがより複雑な計算ができるようになっていきました。
もしかすると、クロノグラフの腕時計を楽しめているのはロンジンのおかげって言っても間違いでは無いかもしれませんね。しかしながらこの時計が開発された裏側には世界情勢的に第一次世界大戦近辺にあたるため、クロノグラフ腕時計製造の要請があったのではないかと言われています。
いつの時代もそうですが、皮肉な事ながら戦争が色々なものを進化させているんですね。今では当たり前に世界中の人が使っているGPSやインターネットなんかもそれにあたります。
それを思うと、当時、懐中時計にしか無かった機能を腕時計として使えるようになったというのはかなり画期的なことだったと想像できますね。
自動巻きクロノグラフの誕生
自動巻きの腕時計は1930年代から徐々に広まっていったのに対し、自動巻きのクロノグラフが一般的に使われるようになったのは軍需的な需要が減ったこともあり、もっと後のこと。
自動巻きクロノグラフが登場する1960年代中頃まではクロノグラフと言えば手巻きのクロノグラフムーブメントのことを指しますが、クロノグラフの機械は非常に複雑なため設計や製造の難易度が高く作ることができるメーカーは数社しかありませんでした。
有名どころで名前を挙げるとLONGINES ロンジンの他にはVenus ヴィーナス・Landeron ランデロン・Angelus アンジェラス・Valjoux バルジュー・Lemania レマニア・Exelsior Park エクセルシオパークなど。
特にバルジューやレマニアなどは有名ですよね。
Cal.248 (Landeron 248)
それ以外のクロノグラフムーブメントを自社生産できないその他のメーカーはどうしていたかと言うと、上記のメーカーが生産した「エボーシュ」と呼ばれる半完成品を仕入れ、それを各メーカーが手を入れて自社の時計に載せていました。
Valjoux バルジューなんかは典型的なエボーシュメーカーで、1970年代のクロノグラフ腕時計にはバルジューのムーブメントがそのまま使われているのですが販売時の商品名は色々なメーカー名のものになっている時計が数多くあります。
1960年代はHeuer,Breitling,Hamiltonなどのグループ(ブライトリング、ハミルトン=ビューレン、デュボワ・デプラ、ホイヤー・レオニダスの4社連合)が『Cal.11』、日本ではSEIKOが『Cal.6139』を、そしてZENITH・MOVADO(ゼニス・モバード連合)が『Cal.3019PHC(El Primero)』という自動巻きクロノグラフの開発を競い合っていました。
ホイヤーのオータヴィアにも入っているムーブメント「Cal.11」は、4社の連合が1965年から開発を始め、1969年の3月にCal.11のムーブメントを「クロノマチック」という名前で発表をしました。
Cal.11
日本では同じ頃、セイコーがCal.6138というクロノグラフを開発していたので、1960年代に入ってから大きく分けて2つのグループとセイコーが熾烈な争いをしてたという歴史があります。
ゼニス・モバードも1960年代の中頃には開発をしていたそうですが、発表はあえて1969年にしたと言われています。
どのムーブメントが一番早く開発・発表されたかは未だに色々な説があるのでどれとは分からないのですが、どれも同じぐらいの時期に出てきたことは間違いなさそうです。
そんな各社がしのぎを削って開発を競い合っていた中でも、エル・プリメロは自動巻きクロノグラフの最初期のモデルとしてとても重要なんです。
ゼニスはちょうどその頃、マーテル社という会社を買収したのですが、その会社というのがユニバーサル・ジュネーブにクロノグラフのベースとなるムーブメントを卸していた関係でクロノグラフの技術的なことを多く得られたため、優位に開発を進めることができたと言われています。
ちなみに3019PHCの30はムーブメントの直径が30mmであることを表しているそうです。
そしてエル・プリメロはゼニスの時計の他に、ROLEX DAYTONA(ロレックス デイトナ)に使われていることでも有名なんです。
ロレックス デイトナに使われているエル・プリメロはロレックス独自のチューニング(ロービート化されてる)が施されているので、純粋なエル・プリメロムーブとは少し違いますね。ロービート化することで部品の消耗を抑え耐久性をあげているんです。
またゼニス・モバードの共同開発だったため、ゼニスでは「エル・プリメロ」銘ですがモバードでは「Datron HS360」という名前で販売されていました。
このモバード Datron HS360銘の最初期モデルは、12時位置にデイトがある、かなり珍しいクロノグラフなんです。その後のモデルはゼニス El Primero 3019PHCと同じく4時と5時の間にデイト表示があります。
MOVADO Datron HS360
このモバード名義のDatron HS360、ゼニス エル・プリメロと同じ機械が入っているので知名度は高くありませんが時計マニアの間ではかなり評価が高いので興味がある方は探してみるのも良いかもしれませんね。
エル・プリメロは何がすごいのか?
自動巻きのクロノグラフムーブメントが同じ時期に開発されていた事は先ほど言いましたが、何の違いがあったのかイマイチ分からないですよね。
一言で言うと、エル・プリメロの特徴と言えばハイビート(超高振動)な点。
普通の時計には28,800振動/時「8振動/秒 1秒間にテンプが8回振動する」のムーブメントが採用されていますが、エル・プリメロの場合は当時では画期的だった36,000振動/時「10振動/秒」というハイビートの設計がされました。
振動数が高いメリットとして「精度を出しやすい」という点がありますが、デメリットとして「その分早く部品が消耗したり油が切れたりする」という問題が出てくるんですね。
こんな部品が高速で動き続けるんですから、そりゃ消耗も早くなります。
その問題をゼニスは独自開発の潤滑油(硫酸モリブデンをベースとした乾燥潤滑剤)を使うことで解決した、というからすごいですね。1960年代に油まで研究開発してしまうんですから。
もうひとつ、違いとしてはムーブメントの小型化がクロノグラフムーブメントでされたこと。小型化されて何が変わるの?と思いますよね。
それは時計自体のケースの厚みを薄くできることにつながるんです。実際に持ってみると分かりますが、自動巻きのクロノグラフで考えるとかなりの薄さです。小型化されるということは厚みに加えて重さという点でも有利なんです。
クロノグラフは厚くてゴツいイメージがあるかもしれませんが、エル・プリメロ 3019PHCは普通の時計と同じ感じで着けられます。サイズも小ぶりですし、しかも軽い、という今までクロノグラフの時計を着けてみたいけど大きさで諦めていたという方でも問題無いサイズ感と重さだと思います。
まとめるとエル・プリメロの凄い点は「ハイビートかつ小型化された世界初の自動巻きクロノグラフムーブメント」だったこと。
またロレックスがデイトナ用に選んだムーブメントということではないでしょうか。
そしてムーブメントとして優れていることだけでは無く、このムーブメント自体にストーリーがあること。
今回は書きませんでしたが「シャルル・ベルモ」というエル・プリメロの発売当時にムーブメントを手掛けていた職人が、クォーツショックによって1975年に経営陣から生産中止を命じられた際、エル・プリメロを生産するために必要な技術書類や道具を集めてアトリエの屋根裏部屋にこっそりと隠していたことで10年後の1985年に奇跡的な復活ができた、という映画のような物語もあったりします。(詳しいことはこちらのサイトがおすすめです)
Charles Vermot シャルル・ベルモ
もしシャルル・ベルモさんが屋根裏部屋に技術書類や道具を隠さず全て廃棄されていたら1975年にエル・プリメロは途絶えていたっていうことですよね。
時計にはただ時間を確認する道具ということだけでは無く、いろいろ歴史的なストーリーが詰まっているところに心をくすぐられます。